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高松高等裁判所 昭和35年(う)138号 判決 1960年9月20日

控訴人 弁護人 中平博文

被告人 元次郎こと金野元治郎

検察官 寺尾樸栄

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は記録に綴つてある弁護人中平博文の控訴趣意書に記載のとおりであるからここにこれを引用する。

よつて記録を調査するに、本件はいわゆるおとり捜査によつて発生した事案であるが、犯罪の捜査にあたり捜査官憲がおとり捜査の方法を用いたとしても、その一事を以つて犯罪を実行した者に犯罪構成要件該当性が欠如し、或は責任性若しくは違法性が阻却せられるものではなく、所論のように捜査官憲によるおとり捜査が憲法前文や憲法第一三条第三一条第一四条に牴触するものとは考えられない。

しかし売春防止法第六条第一項所定の周旋とは売春をする者とその相手方となる者との間に売春行為が行われるように仲介することであつて、その結果両者の間に売春契約が成立するとか、又は現実に売春行為が行われることを要件としないけれども、売春をする側には売春をする意思があり、その相手方となる者にはその相手方となる意思があることが必要であつて真実その意思がないのにその意思があるように装うてした周旋行為の依頼又は承諾に基き両者の間を仲介してもかかる場合は同条にいわゆる周旋に当らないものと解すべきである。

これを本件について見るに記録及び原審の取調べた証拠によれば、高知警察署防犯課長矢野春男は昭和三四年一二月一〇日午後八時から午後一一時頃まで高知市播磨屋町近辺において売春取締に従事中、午後一一時頃、同町堀詰橋附近で輪タクの傍を徘徊している被告人を見附けて売春の周旋をする者と見込をつけ同人に近かづいて慣々しく話しかけ、自ら売春の相手となる意思がないのに、その意思を有するように装い売春の周旋を求むる態度に出てよつて、被告人をしてかねて売春の周旋方を依頼せられていた売春婦井上京子との間に売春の仲介行為をなすに至らしめ即時同所で被告人を逮捕したもので矢野春男が売春の相手方となる意思を有しなかつたことは歴然としているから被告人の行為をもつて売春の周旋をしたものとは到底認められない。

然るにこの点を看過して被告人に売春防止法第六条第一項所定の周旋罪の成立を認めた原判決は法律の解釈を誤り延いては法律の適用を誤つたものでその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄しなければならない。

よつて本件控訴は結局理由があることに帰するから刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条により原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書により当裁判所は更に判決する。

本件公訴事実は、被告人は昭和三四年一二月一〇日午後一一時前頃高知市播磨屋町日本電建高知支社前路上において、売春婦井上京子に対し矢野春男を売春の相手方として紹介し以つて売春の周旋をしたものであるというのであるけれども、前記のとおり被告人に周旋罪は成立しないものというべきであるから刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し無罪の言渡をなすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三野盛一 判事 渡辺進 判事 小川豪)

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